東京高等裁判所 昭和45年(ネ)3126号 判決 1971年4月27日
控訴人 笹山直
被控訴人 岩瀬好吉 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取消す。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
理由
控訴人より被控訴人らに対する債務名義として、東京法務局所属公証人白石八郎作成昭和四三年第二一三三号金銭消費貸借契約公正証書(以下本件公正証書という)が存在し、右公正証書には、被控訴人らは控訴人から連帯して昭和四三年二月一〇日金一八〇万円を、弁済期日同年三月九日、利息日歩金四銭一厘一毛、損害金日歩金八銭二厘二毛の約定で借受けた旨及び被控訴人らは直ちに強制執行を受くべきことを認諾した旨の記載があることは、当事者間に争いがない。
被控訴人らは、本件公正証書記載の日にその記載の金一八〇万円をその記載の約定で借受けたことがないから、右公正証書は事実に反する故に無効であると主張する。これに対し控訴人は、被控訴人らに対し、昭和四三年二月一〇日金一八〇万円を限度として公正証書貸付することとし、同日金一〇〇万円、同月一五日金五〇万円、同月二〇日金三〇万円を貸渡したから、結局本件公正証書は有効であると抗争する。
案ずるに、成立に争いのない甲号各証、乙第二号証の二、三及び五ないし一二、原審における控訴人本人及び被控訴人岩瀬好吉本人の各尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、次のような事実が認められる。
控訴人は被控訴人らとの間において、限度額を金二〇〇万円と定めて右の範囲内で金員を貸付けることを約し、被控訴人らを連帯債務者とし、まず昭和四三年一月一九日金二〇万円を弁済期同年二月一八日、利息月八分の約で貸渡したところ、被控訴人らが右期日に弁済できなかつたため弁済期を延期して、その間の利息金三万二、〇〇〇円を受領し、ついで同年一月三〇日金一五万円を貸渡して右金二〇万円と合わせて金三五万円とし、弁済期同年三月二八日、利息月八分と定め、利息金二万八、〇〇〇円を受領し、同年二月一六日金三五万円を弁済期同年三月一六日利息月八分として貸渡したが被控訴人らが右期日に弁済できなかつたため弁済期を延期して利息金二万八、〇〇〇円を受領し、同年二月二九日金二〇万円を利息月八分と定めて貸渡し、いずれも利息月四分の約で同年三月一四日金一〇万円、同月二六日金一〇万円、同年四月三日金六万五、〇〇〇円、同月一一日金一五万円と順次貸渡し、さらに同月二三日金五〇万円を弁済期同年五月三日利息月四分として貸渡し、利息金二万円を受領した。しかして昭和四三年五月八日最初に貸付けた金二〇万円については別に公正証書(甲第一号証)を作成し、その後の貸付金について金額一八〇万円の本件公正証書を作成するにいたつた事実が認められる。右認定と異なる前記控訴人本人尋問の結果及びこれによつて成立を認める乙第一号証の記載は採用しない。
ところで公正証書が債務名義として効力を有するためには一定の金額の支払(他のものは略す)を目的とする請求について作成され、右請求権の存在及び範囲を特定表示し、これにつき執行認諾の意思表示あることを公証するものに限られるところ、これにいかなる請求が特定表示されているかは、もつぱら右公正証書の記載自体から判断せらるべく、それ以外の資料たとえば右記載にない当事者の意思、他の文書等により補充されるべきものであつてはならないと解されるところ、本件公正証書に記載された請求は昭和四三年二月一〇日付金銭消費貸借契約に基づく金一八〇万円の金銭債権であること、右公正証書の記載に照し明白である。
すると本件公正証書は請求の表示としての具体性に欠けるところはないから、形式的には債務名義としての要件を充すものではあるけれども、前認定事実によると、控訴人と被控訴人らとの間に現実に締結された契約関係は限度額を金一八〇万円とし、その範囲内で現在及び将来生ずべき金銭債権に関するものであることが明らかであるから、本件公正証書はその記載内容に合致する実体関係を伴わないものといわざるをえない。従つてここに表示された請求は客観的事実に合致せず、有効な債務名義となりえないものというべきである。
あるいは本件のごとき公正証書はその作成の時に成立している金銭債権についてはその限度で有効であり、爾後の貸付の分は右貸付の都度消費貸借の要物性をみたし、結局において全部有効になるとの論も考えうるが、かような機能をもたせるためには債務弁済契約ないし準消費貸借等の方法によれば十分であつて、本件のごとき公正証書を有効な債務名義と認め、これに基づく強制執行を許すことになると、少くともいつたんは真実に反して即時限度額全部について差押えかつ換価し、存在しない債務についてまで強制執行を許す途をひらくことになつて、超過差押を禁ずる法の精神にももとることになろう。
されば本件公正証書の執行力の排除を求める被控訴人らの本訴請求は正当として認容すべきである。
よつてこれと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 浅沼武 岡本元夫 田畑常彦)